もう不動産会社のことを書くのはこれで最後にしようと思う・・。
社長家族は昨日夕方・・どうやら引越しをすませたようだ・・。
(保育園お迎え時にいつも通る道に引っ越しトラックがあった)
嵐のように過ぎ去ってしまった。
私もまったく知らなかったが・・
先月末
給与が2ヶ月分未払い・・ということに激高したスタッフが
社長の家のドアをどんどん叩いて近所中に聞こえる声で
「給与払え!!!!未払い許せん!!」 と怒鳴ったのだという・・。
もうこのままこの家には住めないだろう・・ とみんな話していた・・
話を聞いて私は震えがとまらず・・。
シュウ先生もまじでそこまでする?? とビビッていた・・
社長のメンタル、、突然家を離れることになった子どもたち・・
びっくりしただろう・・怖かっただろう・・。
家族そろって一からのスタートだ! と
励まし合いつつ。。
前を向いてのスタートであることを祈るし、願ってやまない。。
今回、もういろんな衝撃・・ショックを受けたけれども
シュウ先生の意見も
私としてはものすごい参考になった。
従業員側としては
突然会社がなくなって給料が支払われないとなれば
それは納得いかんだろうし、
支払いは会社として当然の義務なんだからそれは声をあげたらいい。
給与未払いの場合はあーでこーで!
倒産→給与未払い→労基にかけつける→給与の80%立て替えてくれる制度有
などめちゃくちゃ説明してくれて。
なんでそんな詳しいん?? と思ったら
かつて自分が若かりし頃に
勤めていたIT会社で同じようなことがあり・・・
ただその時は給与半年分の150万円が未払い・・( ゚Д゚)
というとんでもない
レベルだったという・・・爆
ただ当時のシュウ先生は前職の不動産営業で実績をあげたまま転職
→ IT業界にふれてみたい^^ みたいな気持ちで。。
実にフレッシュで、お金なんかもらえなくても勉強と思って!
みたいな精神で働いていたという・・爆
その頃は不動産仕事で蓄えた貯蓄もあったし
特に困ったことはなかった・・と話していて
どどどど、、どういう精神!???なの??
とまじでひっくり返りそうだった・・(;・∀・)
自分は別に80%戻ってこんでもいいと思ってて
でも生活できん。。みたいな後輩や同期のために
労基にかけこんでいろいろ説明きいてそして知識を得たのだそうだ・・。
そして、その後に彼は
意を決してこの会社はあかん!! と踏ん切りをつけ
当時の先輩だったNさんに声をかけて
「俺、起業するわ!!」 と腹をくくったのだという・・・。
Nさんは今もシュウ先生の会社で
身近で。。彼を支えてくれている素敵な3児のパパさんだ。
そういう経験があったものだから
彼は、
絶対に何があっても従業員への給与の未払いはおこさない。 と
その時に覚悟を決めた。 と今回の私の話を聞いて教えてくれた。
また過去に出会った、とある経営者の人が
「無料(ボランティア)同然で仕事を手伝ってくれる人がおればねー・・
そういう人を増やせば増やすほど会社は潤う。安泰だ。」 と持論を述べていたそうだが
シュウ先生はそれは絶対に違うし、おかしい。 と言っていた。。
仕事を頼む以上、無料で。ボランティアで。 なんて言えるわけがない。
その人の時間も人生も預かってるから。払って当然の義務なんやから と。
もうひとついうと、俺は値切りが嫌い。絶対にしない! と。
もうここだけ聞いて
どきどき♡ずきゅんっと 惚れ惚れしてしまった・・←
従業員側の気持ちも十分理解しつつ・・・
でもやっぱりシュウ先生は
1ヶ月のうちに会社をたたむなんて・・
決断が急すぎると
従業員は判断して怒りくるっとるかもしれん。
でもその早い決断が俺はよかったんじゃないかと思う。
俺の前職みたいに・・半年間、
給与150万円未払い。 みたいな会社に比べたら
見切りつけるのが早かったのはよかったと思う。
それもある意味、従業員を守るため・・ なんかもしれん。
苦しい状況で何か月、何年もやっていくよりマシだったんじゃないか・・ と。
(事情はよく知らんけど)
なるほどなぁ・・・と・・。
そういう意見は雇われる側からは一切でなかった・・・。
従業員側は
どうしてこうなる前にもっと早く相談できなかったのか?? と
怒っていたが
気軽に相談?できんよ・・立場的にな、経営者はなかなか・・。
弱音はいたらいかん。しゃんとしとかな。みたいな感じや。
とポツンと話していた・・。
見る角度によっていろんなとらえ方ができるし、、
誰が悪で良なのか・・・ わかんなくなってくる・・。
でも、従業員側が不服を訴えて束になった時、、、
怖いなぁ・・というのも正直身にしみて思った・・。
会社の給与が低い!!!不満だ!!!! って愚痴を述べる人は
たくさんいるだろうが、、
当たり前のようにお金が支払われる ということがどれだけ幸せで
安心できることなのか・・私たちはもっと考える必要があるのではないかと感じた。